言葉にならない。 序章



 ハァハァハァ。
 心臓が跳ねる。
 自分でも驚くほど、頭の芯は冷静だった。
 自分はなにをしているのだろうか。
 自分はなにをしたのだろうか。
 わからない。なにもわからない。
 ただ、甘美な感覚だけがある。
 酷く悲しい気持ちがある。
 泣きながら笑い出してしまいたくなるような現実が目の前にある。
 ああ、殺してしまった。
 この世の何よりも大事なものを、殺してしまった。
 悔いてはいない。むしろ、なによりも喜ばしい。
 自分はいつから壊れていたのか。
 自分はいつからこんなことを望んでいたのか。
 ああきっと、きっとこの世には神も仏もないのだ。
 ただ残酷なだけの人間が生きていて、自分はその中でも極めて狂った存在なのだ。
 月が、月が見下ろしている。さげすむように、輝いている。
 降り続ける雪のようにこの身を照らす月光よ。
 俺はどうして生きているのだ。
 どうしてあいつは死んだのだ。
(違う、殺したのだ。俺が殺したのだ)
 あいつは死んだのに、俺はどうして生き恥をさらしているのか。
 死に場所を……そう、死に場所を求めて。ただ死ぬこともできずに、どうすれば死ねるのかを考えながら。
 あいつが死ななければならなかった理由を探している。
(自分で殺したというのに)
 あいつのいない世界になど、なんの価値もないというのに。
 無価値の価値。絶対の喪失。
 この世界が、いつ崩れ去るとも知れない不安。
 ああ、そうか。
 俺はずっと、それを知っていたのだ。
 俺は、俺が生きていても、なんの意味も価値も持たないことを知っていたのだ。
 俺はあいつがいたから、かろうじて生にすがることができていたのだ。
 では、いまは?
 いまの自分にはそれがない。生きる理由がない。
 かといって、死ぬ理由もない。
 あいつにだってそんなものはなかった。
 ……復讐だ。そうだ、復讐がいい。
 自分が生きるには、それぐらいがちょうどいい。
 自分が死ぬには、それぐらいがちょうどいい。
 復讐をしよう。復讐を果たそう。
 あいつが死ななければならない理由を作った犯人を、殺してしまおう。
 死ぬのはそれからでいい。自分が死ぬのは、それからでいい。

 夜遅く、秋葉が帰宅した。
「珍しいじゃないか。こんなに遅いなんて」
 それは、心配から出た言葉だったが、若干の揶揄やゆを含んでいたのは、普段、自分がそれをした場合、例外なく秋葉に叱られていたからだ。
「すみません……体調が悪くて……」
 それは、なんの回答にもなっていない。そうは思ったが、そんなことよりも、いまにも倒れそうな秋葉の様子のほうが気にかかった。
「おい、大丈夫か? 何かあったのか?」
 いまにも倒れてしまいそうな秋葉に駆け寄り、額に手を当てる。
 熱い。熱があるようだ。
「すごい熱じゃないか。なんだってこんな……」
「大丈夫……大丈夫です。なんでもありません。少し、疲れが出ただけです」
 気丈に言い放って、秋葉は俺の手を振り払った。
 そんなわけないだろうと思ったし、無理矢理にでも抱き止めて部屋まで連れて行ったほうがいいとも思った。
 しかしそれはできなかった。秋葉の望まないことをする気にはなれない。それが彼女のプライドなのだし、彼女はそのプライドをこそ大事にしているんだから。
『笑わないでくださいね』
 記憶の中の彼女が微笑む。
 それでもう、俺は何も言えなくなってしまった。
「……無理は、するなよ」
「ええ……はい、大丈夫です」
 露骨なほどに無理矢理に、秋葉は微笑む。そして背を伸ばし、自分の部屋へと戻って行った。
 わざわざ迎えに来たというのに見送ることしかできず、溜め息を吐く。役に立たない兄だ。
 それでも、と言うか、これでも、と言うか、心配しているのだ。最近は特に物騒な話題が絶えない。通り魔だか殺人鬼だかは知らないが、数日に一度、必ず殺人事件がテレビを賑わしている。
 だからあまり、夜間の外出はして欲しくないというのが本音だ。だが生徒会の活動ともなると、文化祭の近いこの時期にはやむをえないものがある。
 学校側とて、昨今の状況をかんがみて、遅くまで学校に残ることは禁止しているようだが、それでもそうしなければならない状況というものは出てくる。
 そんなに心配なら、いっしょに学校にいてあげればいいじゃないですか、と琥珀さんには言われた。まったくもって、その通りだ。帰宅部で暇なんだから、それぐらい秋葉に付き合ってやったっていい気がする。
 ……秋葉は、嫌がるだろうけど。あいつはそういう、俺に守られていると思われることを嫌う傾向がある。兄離れがどうとか、以前言っていた気がするけれど、俺にしてみれば、兄が妹の心配をするのは当然のことで、家族なんだから、余計なことを考えなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。
 どうも、それこそが気に入らないようだけど。じゃあどうしろと言うのか。
 なにもさせてもらえないのでは、それこそ兄失格だ。
 まあ、だからといって、殺人事件に対してなにをどう対処できるというわけでもないけれど。不意に訪れる天災のようなそれを、どのようにして避けられるというのか。
 人を殺すことなら負けないかもしれないが……
 物騒なことを考えている自分に気づいて、軽く頭を振る。俺は普通の人間になると決めたじゃないか。あの日、あの時、他でもない秋葉に誓ったじゃないか。
 だからこそ、過保護と思われかねないほどに心配するのだ。俺がいま人間でいられるのは秋葉がいるからで、それ以上でもそれ以下でもないから。
 秋葉が望む自分でいるために、殺人衝動ひとごろしのじぶんには蓋をし続ける。
 だから、吸血殺人なんていう物騒な事件は、さっさと解決してもらわないと困ってしまう。いつそれが自分を呼び覚ますか、気が気じゃないから。
 ああ、でも本当に……秋葉は大丈夫だろうか。

 翌日の朝食の席に、秋葉の姿はなかった。
「琥珀さん、秋葉は?」
 秋葉付きの使用人である琥珀さんに確認を取る。昨晩の様子からすれば、今日は学校を休むかもしれないとは思っていた。むしろ、休もうとしなければ無理にでも休ませるつもりだった。学校行事にどんな影響が出たところで知ったこっちゃない。
「体調が悪いとのことで、お部屋のほうでお休みになられています。朝食は後ほど、私がお運びしますので」
 琥珀さんも眉をひそめている。あまり、よくない状況のようだ。
 秋葉専属の医師(といっても、正確には薬剤師だが)でもある琥珀さんがここまで懸念を示すのは珍しい。
「そんなに悪いんだ?」
 元から、秋葉は体が丈夫なわけじゃない。決して虚弱ではないけれど、熱を出しやすかった。それが軽度の時、それと気づかせないほどうまく立ち振舞うけれど、いつだって俺にはばればれだった。
 それでも秋葉がそうしたいのであれば、俺はそれを見て見ぬ振りをしてきたけれど、今日はどうも、そうもいかない気がした。
「熱が……下がらないんです。風邪というわけでもないようで、とりあえず解熱剤は出したんですが、あまり効いていなくて……」
 自分の朝食には手をつけず、立ち上がる。なんでそんな大事なことを、聞くまで教えてくれないのかと若干の苛立ちを覚える。
 それだって、秋葉が口止めしたに決まってる。言い辛そうにしながらも言ってくれたのは、琥珀さんが秋葉の言い付けを破ったからで、それだけ深刻な状況だということだ。
 でも、俺にはなにもできない。病気や怪我に対してなにかできるのは琥珀さんだけだ。だから秋葉の判断は正しい。俺は俺で、秋葉のこととは関わりなく学校に行くのが筋というものだ。
 そんなことは知ったこっちゃない。
「琥珀さん、俺が朝飯運ぶから、用意してもらえる?」
「はい、わかりました。少々お待ちくださいね」
 琥珀さんは小走りに食堂を出て行った。後を追ったものかどうか少し考えて、結局椅子に座り直す。台所までついていったところで意味はないし、そうであるなら、自分の食事を優先するべきだと判断したからだ。
 なにかよくないことが起こっているのは肌で感じていた。理由なんてない。根拠もない。ただそれは、なにか致命的な結果をもたらす。そんな予感だけがあった。
 漠然とした不安。そんなものを感じなければならない理由などないはずなのに。
 俺はいつからこんなに弱くなったのか。過去を断ち切ったあの時、そんなものは捨てたはずだったのに、いまの俺は、確実に弱かった。
 弱さは誰も救わない。いや、誰を救わなくてもいい。ただ、秋葉も救えはしない。
 ……バカバカしい。なにをわけもなく弱気になっているのか。
 秋葉が体調不良なのだって、ただの過労に決まってる。なんでも真剣にやりすぎるから、手を抜けなくて疲れやすいだけだ。
 大丈夫。根拠なんてないけど、大丈夫に決まってる。
「お待たせしました」
 琥珀さんが、お盆に一人用の鍋を乗せて戻ってきた。病人におかゆ。わかりやすい組み合わせだ。
 ありがとうと言いながら、お盆を受け取る。
 とりあえずは、見舞みまってやるか。
 秋葉の部屋に行くのもずいぶんと久しぶりだなと思いながら、廊下に出た。

 時間は刻一刻と過ぎて行く。だのに自分にはそれを止める手立てすらない。
 かちかちと鳴る時計がうるさい。時計が時間を生成しているわけでもないのに、世界から時計をなくしてしまえば時は止まるのではないかと妄想する。
 空には真円の月が浮かび、月明かりは頼りなく部屋を照らしている。
 どうしてこの部屋は明かりがついていないんだろうか。ぼんやりと辺りを見回す。
 見てはいけないと心が叫ぶ。思い出してはいけないと記憶が叫ぶ。
 手がぬるりと暖かいもので塗れていた。赤い紅い液体だ。
 ナイフを握り締めている。実父の形見として、いつの頃からか持たされていた飛び出しナイフだ。
 部屋のあちこちに、元は人間だった残骸が転がっていた。
 心臓が一度、大きく跳ねる。
 死体に対する反応はそれだけだった。いや、それはもう、肉の塊と呼ぶべき破片の集合で、自分がその裁断を実行したと記憶していても、まるで実感など湧きはしない。
 これはなんだろう。いや、誰だっただろうか。
 骨格からすれば男だろう。ばらばらすぎて判断のつかないところもあるが、男のように見える。
 泣き声が聞こえた。自分にとって大切なものが泣いている声だ。
 不意に不安がこみ上げて来る。苛立ちよりは不安を、怒りよりは心配を、ああ、お前はいま悲しんでいるのかと、一緒に泣いてしまいたくなる泣き声が聞こえる。
 なにがお前を悲しませているのか。お前を悲しませてきたものは、二度とお前を悲しませることなどない。だから泣く必要などどこにもないというのに。
 お前の敵は俺が殺した。泣かないでくれ。悲しまないでくれ。お前から悲しみを奪うために俺は殺人鬼なのだから。
 泣き声は聞こえるのにその姿は見えない。どこにいる。どこにいるんだ。お前はどこで、なにを悲しんでいると言うんだ。
 柱時計が鳴った。ぼーん、ぼーんと、不吉な音を喚き散らしている。
 時計が鳴っている? いまは何時なのだろう。月明かりがあるということは夜なのだろうか。
 だがこれは夜なのだろうか? 夜だというのなら、なぜ部屋の隅々まで見渡せるのだ。明かりは月明かりだけだと言うのに、薄暗いながらも飛び散った血の一滴まで識別できる。あそこに転がっているのは右手の親指だ。あれは肝臓の切れ端だ。あれは肋骨だろう。
 おかしい。足りない。あれがない。あれがなければ、これが誰なのか確認することができない。
 どこにいった。首はどこに。
 声が聞こえる。泣き声が聞こえる。
 時計が鳴って。月明かりが。首はどこに。泣き声が。
 時計。月。首。声。
 ここはどこだ。

 目が覚めた瞬間、息が切れていた。
 冷や汗が体中を濡らしている。気持ちが悪い。
 片手で胸を抑え、必死になって呼吸をなだめる。息が止まりそうだ。心臓の鼓動ばかりがやけに耳に響く。
 どれほどそうしていただろうか。なにも考えないことを考えてじっとしていたら、なんとか気持ちは落ち着いてくれた。
 自分はまだ病んでいるのだな、と再認する。とうに割り切った気になっていたが、どうやらそれは表層だけの納得だったらしい。
 いまさら悔いたところで意味などあるまいに。
 そのまま忘我ぼうがしかけて、現実に意識を引き戻す。いまはそんなことはどうでもいい。自分の異常性などわかりきったことだ。
 ベッドに眠る秋葉を見つめる。青白い顔色が、事態の深刻さを如実に物語っていた。
 秋葉が寝込むようになってから、すでに一週間が経っている。日に日に寝込む時間が増え、いまでは意識さえ定かではない。
 琥珀さんにも原因不明だということで、本職の医者を呼びもした。しかしなにが原因なのかは、ついにわからなかった。
 症状としては、貧血に似ているという。ただし悪性貧血だ。顔色からすれば、血が足りないと言われれば、ああそうなのかと納得することしかできないが、しかしなにが原因で血を失ったのかが皆目見当もつかないらしい。
 首筋にあるうじゃけた二つの傷跡。比較的新しいそれが原因なのではという話も出ているが、それは傷口というには出血した跡もなく、すでに傷口も塞がっている以上、それが直接的な原因になっていることはないだろう、ということだった。
 だが、その傷跡のことがわかった時、誰もが思い浮かべたのではないだろうか。吸血鬼に血を吸われたのだ、と。
 ちまたに広がる吸血殺人の噂が、その想像に拍車を掛けた。
 だが、そんなことはありえない。いくらなんでもそれは、バカバカしすぎる。
 秋葉自身はなにも語らない。ただ、自らに訪れつつあるものを受け入れているように見えた。
 いったい何を受け入れるというのか。秋葉に関わる誰一人としてそれを認めはしないというのに。
 いや、他の誰が認めたとしても、俺だけは認めない。

 細い首に手をかける。
 白く柔らかい。弱弱しい脈動がじくじくと伝わってくる。
 感情は根こそぎ消え去っていた。ただ殺さなければという意志だけが衝動となってこの体を突き動かす。
 少し手に力を込める。
 あっ、とも、うっ、とも言えない声を漏らす。両腕を掴まれたが、あまりにも弱弱しい抵抗に、加虐性を刺激される。
 少し凶暴な気持ちになる。
 もう少し力を込める。あと少し。あと少し。あと少し。
 舌を出して喘ぐ姿を見ていると、このまま、このまま、と囁く誰かを感じる。
 あと少し。もうちょっと。
 抵抗が止まる。鼓動が消える。安らかとは言えない表情のまま、微動だにしなくなる。
 ……死んだ? 殺した? 殺せた? 殺してしまった?
 ああ、ああ、と言葉にならない声を零す。
 殺した。殺してしまった。この世のなにより大事なものを。この世のなにより大事だったというのに。
 自分はやはり殺人鬼なのか。殺さずにはいられないのか。たとえいま、お前が死に逝こうとしていたのだとしても、その息の根を止めたのは自分だ。お前を死なせるよりはと、自らの手にかけたのは自分だ。
 絶息の瞬間を思い出す。怖い。恐ろしい。それなのに俺は微笑んでいる。お前を殺してしまったと喜んでいる。
 俺は狂っている。一片の疑問の余地もなく狂っている。
 お前の首に手を掛け、くびり殺した瞬間、我知らず射精していた。
 ああ、ああ、どうしてこんな……

「兄さん」
 声をかけられて我に返る。
 俺はいったい何を考えているのか。
 秋葉を縊り殺す白昼夢を見るだなんて。
「兄さん……?」
 ベッドで半身を起こした秋葉が怪訝けげんそうに顔をしかめる。なんでもないと答えながら、なにがなんでもないんだと自らを叱咤する。
「どうかされましたか?」
「どうもしやしないさ。ちょっと疲れてるみたいだ」
 言ってから、しまった、と思った。
 案の定、秋葉は眉を寄せて俯いてしまった。
 これじゃあまるで、秋葉のせいで自分が無理をしているみたいじゃないか。
「秋葉こそ、調子はどうなんだ?」
「ちょっと微熱っぽいですが……それほど悪くはありません」
 それは嘘だ。顔色は紙のように白い。
 そんな秋葉に気を使わせている自分は最低だ。いや、最低なのは当然だが、それにしても、これは酷い。
 お前を殺して絶頂を迎えた夢を見たんだよとは、口が避けても言えない。
 なんで俺は殺人鬼なのだろうかと考える。俺こそが死んでしまえばいいのに。
「兄さんは、学校に行ってください」
 強い眼差しで讒言ざんげんされてしまった。言っていることは正論なだけに反論のしようもない。
「なんのために?」
 なぜ、とは言わない。
 ベッドの脇に置かれた椅子に腰を降ろし、微笑みながら秋葉の手を取る。
「勉強をするためにです。学校とはそういうものですから」
 少し赤くなりながら、手を振り払うことはせずに、型通りのことを言う。
「バカだな、秋葉は」
 反発するように顔を上げたけれど、ぱくぱくと口を動かすだけでなにも言わず、今度は横を向いてしまう。
 そんな拗ねた横顔ですら愛らしい。
「お前より大事なものなんてなにもないよ」
 そうだ。そんなものはなにもない。お前だけがこの世で真実価値のあるものであり、光あるものであり、俺が死ぬ理由なのだから。
 穢れなきお前が微笑んでくれるなら、俺は殺人鬼でもかまわない。否、俺は殺人鬼になってでもお前を守る。
 それこそが俺が殺人鬼である理由だから。
「兄さんこそ……」
「ん?」
「兄さんこそ、バカみたいです」
 少し頬を膨らませて、優しく手を握り返してくれる。
 俺は答えずに微笑みを浮かべる。
 いつまでも、お前と二人、穏やかに生きていけたなら。そんなことを夢見たりもする。
 夢、でしかない。俺にそんなものは訪れない。
 狂った人間には狂った結末だけがお似合いだ。せめても、秋葉がそれに巻き込まれることがなければと切に願う。
 秋葉がこちらを向く。目が合う。
 その瞬間、理解する。俺達はいま同じことを考えている。同じ未来を想像して、同じように絶望している。
 秋葉は知っている。俺も気づいている。秋葉はもう、長くない。助かることなどありえないと。
 泣きたくなるのを必死に堪えて変な微笑みを浮かべる。秋葉の浮かべた笑みもぎこちなく、お互いにしかわからないことをお互いにだけは隠そうとしている、バカな二人がここにいた。
「目を……目を、つぶってください。兄さん」
 なにも言わずに、目をつぶる。お前が俺を殺してくれたならと考えながら。
 柔らかく暖かいものが唇に触れた。
 目を開ける。秋葉の顔が目の前にあった。
 再び、目をつぶる。もうなにも言えない。流れる涙だけが頬を濡らした。
「……私を殺して……」
 残酷な囁きは、天使の歌声のようだった。