言葉にならない。 終章 中編



 空を見ていたかった。
 ずっとずっと、空だけを見ていられればいいと思っていた。
 夜空に浮かぶ月を見上げる。窓の枠が邪魔くさい。檻のような屋敷から抜け出して、裸足のまま駆け出したい。
 私は答えを知っている。世界のすべてを知っている。
 それは私のことであり、それは士貴のことだ。
 私と士貴のいるところが世界と呼ばれ、そこだけに世界と呼ばれる価値が生まれる。
 私たちは二人きりの天敵同士。だからこそこんなにも惹かれ合い、だからこそこんなにも愛し合う。
 私を殺すのは士貴だけ。士貴を殺すのは私だけ。
 私たちの関係は、そういった殺伐としたものだけが間にある。
 それでも、二人で見上げた夜空は、いまも昔も変わらない。
 綺麗、綺麗、綺麗。それもきっと、あなたと二人だから感じられる気持ち。
 ずっとずっと、二人だけ。いまも、昔も、これからも、ずっと二人で、この檻のような屋敷で生きていく。そんなことを夢見る。
 それが叶わない夢だろうとなんだろうとかまわない。
 だけど私は、その夢を抱いた。抱いた夢を実現させると、この心に誓った。
 私があなたを殺しかけたあの日から、私はもうずっとあなただけのもの。
 早く来て。私を助けに。
 早く来て。私を犯しに。
 早く来て。私を殺しに。
 早く来て。私に殺されるために。
 あなたがずっとそれを望んでいたことは知っているんだから。
 二人きりで、殺したり殺されたり、犯したり犯されたり、そんな闘いをしましょう。
 命のやりとりではなく、愛の交感を。
 ……私たちには所詮、それしかない。
 殺し合うことでしか分かり合えない。
 嬉しくも、悲しくも、ない。そうでなければ私たちは出会うことすらなかったんだから、その前提に恨み言を言う気はない。
 私たちはただ、喜べばいい。二人が出会った奇跡に。
 空を見つめている。
 月の輪郭はぼやけていた。