恋っていうのはさ


「あ、ん」
 抑えても抑えきれない喘ぎ声が漏れる。
 秘所を濡らすイヤラシイ体液が彼のモノをスムーズに出入りさせる。
「随分と激しいじゃないか……なにかあったのか、凛?」
 いつも通りの冷静な声。自分はただ命じられて抱いているだけなのだと言わんばかりの冷静さは気に入らないけれど、アーチャーは一度だって私の命令を拒んだ事はない。
「ん……そりゃあ、ね……何かは……あんっ……あった、けど……」
 バーサーカーとの戦いを見て興奮した、というただそれだけのこと。それはきっと、アーチャーにはわからないに違いない。
 セイバーと共闘していたとはいえ、魔力供給さえ確実であればサーヴァント中最強の近接戦闘能力を誇るバーサーカーを、弓兵に過ぎないアーチャーが近接戦闘において圧倒した、という事実。
 セイバーと肩を並べても遜色のない戦い振りを見せ付けられて、興奮しないほうがおかしい。バーサーカーのマスターを生かしておくことになったのは、士郎の弱さだし、サーヴァントを失ったマスターを問答無用で始末する、というのは好みではないからどうでもいいことだけど。
 アーチャーに抱かれたい、と思った切っ掛けは、その程度のことだ。
 自分のことを、身持ちが固いと思っているわけではないが、かといってこうも簡単に体を許すような奴だとも思ってなかった。
 思えば、アーチャーを召喚してからこっち、ペースが狂いっ放しである。
「君がサーヴァントをこういう目的に使うとは思っていなかったが」
「ん……見損なった?」
「いや、なに。私にしてみれば役得だからな。それがマスターの命令であるのなら、否も応もない」
 後ろから攻められているから、アーチャーの顔は見えない。それでもきっと、何もかもわかってるんだぞとでも言うような笑みを浮かべているのだけは想像できた。
 最初はその笑みが嘲笑にしか思えなかったけれど。これがこいつなりの親愛の情の示し方なんだと、最近思えるようになった。
 本当に嫌悪している相手には、侮蔑の色を隠さない。あまり腹芸には向いていないな、と思うが、わかってしまえばわかりやすくて好ましい。
 だからこいつは、私がなにを命令しても受け入れるに違いない。やれやれと言って嘆息しながら、それでも忠実に。
 それが気に入らないからこんなことをさせているのかもしれない。気分の高揚云々はただの言い訳で……本当は、それでも抱かれたくなかったんじゃないだろうか、とも思う。
 突き上げられる度に意識が飛びそうになるというのに、思考はいやに冷静だ。そんな自分は、あまり好きじゃない。
「快楽も時には重要だろう。発散できる時にしておかなければ、変に鬱屈して暴発しかねない」
 あんたのそういうところがイヤなのよ、とは言えず、導かれるままに腰を振る。難しいことなんてどうでもいいから、いまはこの気持ちよさだけを追求したい。
 アーチャーの動きが激しくなる。それに合わせてオルガスムスの近づきを感じる。
 このまま溶けてしまえばいいのにと思いながら、絶頂を迎えた。

「……私の正体に気付いたんだろう? 凛」
 それは、情事の後の話題としては甚だ不適切だ、と思った。
「まあ、薄々とは、ね。……わかった、ってよりは、感じてた、って感じだけど」
 裸のままベッドに寝転がり、ベッドの脇に立つ乱れた様子のないアーチャーを見上げる。ちくしょう。この私がいいようにされただけだなんて。
「マスターとサーヴァントには共感関係が発生することがあるようだな」
「……やっぱり。そうなんじゃないかと思ってた」
 私がアーチャーの過去を夢に見ていたように、アーチャーも私の過去を見ていたに違いない。そういうものだろう、とアーチャーの過去を夢見て初めて泣いた日に思った。
「だったらどうする? 未来の英雄などお払い箱にするかね?」
 それができないとわかっていて、そんなこと言う。
 なんちゅー意地悪だと思ってかちんと来たが、すぐに思い直した。こいつはそうしたほうがいいと本気で考えてそんなことを言っているのだ。
 自分を捨てたほうが私のためだと、わかりづらい忠告をしてくれているのである。
 そんなのはふざけるな、だ。
「あんたは私のサーヴァントでしょ? だったら、それ以上のモノはいらない。あんたがどこの誰でも構わない。……あんたが私を捨てたいなら別だけど」
「……なるほど。そういう考えもあるか」
 いい事を教えてもらった、と言いながら、手近な椅子を引き寄せて腰掛ける。
「しかし凛。私を一番巧く使えるマスターは、君だけだ。よって私が契約を解除する理由はない。君が嫌だと言ったとしても、私は君のサーヴァントだ」
 そのサーヴァント様が、椅子にふんぞり返って足を組んで優雅にしているんだから、どこまで本気なんだか知れたもんじゃない。まあ、嘘は言ってないだろうけど。
「あ、そ。あんたはあのあまちゃんとは違うと思ってたけど、根っこの部分はやっぱり同じなのね」
 シーツを手繰り寄せて胸を隠しながら、体を起こす。寝っ転がったまんまだと喋りづらい。
「……どういう意味だ?」
「一般論。自分を一番活かす道を選びたいんでしょ? あいつのアレだって、同じことだと思うけど」
「心外だな。あのような未熟者と一緒にされるとは」
 変な話になるが、アーチャーと、アーチャーの原型である士郎には因果関係がない。この世界の士郎が必ずしもアーチャーになるとは限らないようだ(夢が覗けるというのも便利すぎる。同じぐらい覗かれてるということなんだから)。アーチャーになり得る可能性を持った士郎ではあるが、士郎=アーチャーという図式は成立しない。
 だから、英霊にまでなったアーチャーにしてみれば、士郎の不甲斐なさも命取りな甘さも気に入らないんだろう。
 敵は殺す。禍根は残さない。アーチャーの選択肢は、常にそれだ。
「まだ未熟者だ、ってだけでしょ。あいつだってこれから、やっぱりあんたみたいになるかもしれない」
「……確かに、それは否定できないが」
 例えば、あいつの言う正義のために、誰かを殺さなければならなくなるかもしれない。そういう状況で殺すか殺さないかはまだわからないにしても、そういう状況になることは十分ありえるんだろうし、どちらかを選択したら、少なくとも未熟者ではなくなると思う。
 いまの士郎に足りないのは、そういう決定的な選択の経験だ。正義の味方になる、なんて子供じみたことを言う分には問題ない。それを目標にするのだって間違いじゃないし、悪くもない。
 ただ、それを支えるものがなにもないだけ。それはどうしようもないことだ。
「それに、そんなことはどうでもいいことでしょ? あんたがどうしてそこまであいつを憎んでるのかは知らないけど、あんなの、あんたの敵じゃないでしょ?」
 隙あらば殺そうとするあたり、わりとまじで狙っているんだろう、とは思うが、アーチャーにしては手際の悪いことに、それが成功した試しがない。
 いや、まあ、確かに私も止めたりしてるけど。
「ふむ。……その問いに対する回答は難解すぎて説明できないが……これは一般論だが、誰だって自分を憎んだことがあるだろう? これはそういうものだ、というのが一番簡単な説明になるだろうか」
「私は自分を憎んだことなんてないからわかんないわ」
「……そうか。困ったな」
 困るようなことじゃないんじゃないかと突っ込みたかったが、それでもこいつは士郎を殺したいということなんだろう。
 どんな説明を受けたところで、私がそれを認めることはないけれど。
「まあ、いいや。あいつはあいつで、あんたはあんただし。私に関係ないところでやる分には好きにしてよ。いまのところは同盟関係もあるし、勘弁して欲しいけど」
 同盟関係がなければ許すのか、と言われれば、やっぱり許さないだろうけど。いまここでそんなことを言っても仕方がない。私がなんと言ったところで、アーチャーはそうするに決まってるんだから。
 自分でそう考えただけのくせに、それはやけに気に入らなかった。
「あんた、私のことどう思ってるの?」
「なんだ、藪から棒に」
「タイミングなんて関係ないでしょ。どうなのよ? 好きなの? 嫌いなの?」
 もう少しムードというものを考えて欲しいんだが、とぶつくさ言いながら、好きだとも、と言った。
「じゃあ、私のこと、好きだった? 嫌いだった?」
「……質問の意図を掴みかねるが」
 あと、あまりあっさり流して欲しくはないんだが、と眉をひそめる。
「あんたが士郎だった頃、私のことどう思ってた? ってこと」
 もっとも……その答えは、わかりきっていた。共有した夢が、彼がなんであるのかを言葉よりもはっきりと教えてくれていたから。
「いまの君が気にすることとは思えないな。それに、私は英霊エミヤであって、衛宮士郎ではない。私はこの世界の衛宮士郎と直接的な因果関係を持たない。それはわかっているんだろう? ……その上でその答えを知ってどうすると言うんだ? まさか、衛宮士郎に惚れているというわけでもないんだろう?」
「そうね。それはないわね。……ただ知りたいだけ、じゃダメ?」
「理由がそれであるなら、私も答えたくはないな。それはプライベートな話だ」
「じゃあ、単刀直入に聞くけど。……あんたがいま私を好きなのって、昔、私のことが好きだったからなの?」
 ずっと、それを気にしていた。ずっと、それが気になっていた。
 私は私で、私だけど。アーチャーは衛宮士郎で、衛宮士郎じゃない。
 どこまでが衛宮士郎で、どこからがアーチャーだ、なんてはっきりした区別があるとも思わないけれど、衛宮士郎とアーチャーが直接的には関係がないというのなら、じゃあアーチャーの気持ちはどうなのかと、英霊エミヤの気持ちはどうなのかと、そんな些細なことが気になって仕方がなかった。
 アーチャーが私を好きなのは、衛宮士郎が私を好きだったから、なんてのは、あまりにも私をバカにしている。私の気持ちをバカにしている。
 私は私で、私だからアーチャーを好きなのに。アーチャーはアーチャーなのに、衛宮士郎だから私を好き、なんてことがあったら許せない。
「何を言うかと思えば」
「答えてよ。どうなの? アーチャーは私のこと……好き……?」
 真顔で考え込んだアーチャーは、いきなり立ち上がってベッドサイドまで来て、こちらに背を向けてベッドの端に腰掛けた。
 強く、逞しい背中。これ以上頼りになるものはないと思わせてくれるこの背中が、私は大好きだった。
「もう一度言うが、私とこの世界の衛宮士郎には直接的な因果関係はない。否、どの世界においても、関係などありえない。私が英霊となった世界では、私はサーヴァントのマスターではなかったのだから」
「え……?」
「そういう世界があった、というだけのことだ。私はマスターにはならず、自らの意志で英霊となった。この世界で言うところの前回の聖杯戦争の結果、私は両親を失い、衛宮切嗣の養子となった。そこまではいい。だが、私はセイバーのマスターにはならなかったのだ」
「だってそれは……え……?」
「私はただの人間だったんだよ、凛。魔術は使えたが、ただの人間とそう変わらない脆弱な人間だった。だというのに、正義の味方になるという夢を抱いて、それを叶えた。……そこになにがあったのかまでは説明する気はない。ともかく、私はこの世界の衛宮士郎とはなんの関わりもないことはわかるだろう?」
 わかる……ような、わからない……ような。
 でも、それはおかしいじゃないか。アーチャーはセイバーのことを知っていた。そうとしか思えない言動が何回もあった。
 秘されるべき聖杯戦争に関わったものでなければわからないことを、アーチャーは知っていた。なのに、セイバーのマスターではなかったとはどういうことなのか。
 ただの人間であったなら、セイバーのことなど知りえない。なのに、なのに、なぜ?
「私は背徳者だ。理想のために理想を殺した。そして、理想に殺された、ただの人間だ。私は全てを救うことを誓いながら、何も救えなかった。理想を殺してまで得た英霊の座は、私が何も救えないことの証明に他ならなかった。……私には君を好きになる資格などない。私は何者をも好きになることは許されない。……ああそうだ、それでも私は、凛、君のことが好きだ。愛している。君のためだけにこの馬鹿げた戦争に参加した。君のためにこの戦争を終わらせる。それだけが俺にとっての真実だ」
 愛の告白と呼ぶにはあまりにも苛烈な。過去の懺悔というにはあまりにも救いのない。
 ただの後悔と呼ぶしかないような、そんな想い。
 報われず、救われず、救えない。……そんなものになんの意味が。
「アーチャー……あなた、聖杯戦争の結末を知っているのね?」
「……過去に起こったこと、参加者の目的、サーヴァントの特性、全て知っている。それはあくまでも私の世界の聖杯戦争でしかないが、大筋ではそう変わらないようだ」
 いいのか悪いのか、とひとりごちて、溜め息を吐く。
「私のような存在は本来イレギュラーだ。他にもルールに違反している者もいるが、だからといって凛も違反をしていいということにはならない。だから、これ以上の説明はしない。……最も凛なら、ある程度は推測できるだろうが」
 ある程度がどの程度を意味しているかは知らないが、確かに現状を補強する意味でも、アーチャーの発言は重要な示唆を含んでいる。
「これだけは教えて。あなた、セイバーとの契約を解除したのね……?」
「……答えはイエスだ。マスター」
 それで全て納得がいく。聖杯戦争を知り、その結末を知りつつ、セイバーのマスターではなかったというのであれば、それ以外にはありえない。
 アーチャーはセイバーを捨てたのだ。……しかし、なぜ。
 あんな優しい顔でセイバーを見つめていた男が、どうしてそんなことを。
「セイバーは聖杯を手に入れられない。衛宮士郎は聖杯戦争の勝者にはならないけれど、勝者の側にはいた。全ての真相を知った衛宮士郎は英霊にならざるをえない決断をし、そうして英霊になった。……そういうことなのね?」
「そうだ。私が背徳者だというのは、そういうことだ。私の手を濡らすのは……敵の血だけではないということだよ」
 アーチャーは決して振り向かない。ただ一人、誰に向けるでもなく独白している。
 それは、一人で戦うことのできる強さのようにも見えたけど。もしかしたら、誰にも顔向けできない弱さなのかもしれなかった。
「だから、本来なら私は凛のサーヴァントには相応しくないのだ。私は歪んだ英霊と呼ばれるモノに近い。外道、邪道と呼ばれるモノに近いのだ。だから、本当なら……凛、私は君のサーヴァントにだけはなりたくなかったよ」
 ずきり、と心が泣いた。アーチャーが私を思ってそんなことを言っているのはわかるけど、でも、それでも、その一言がアーチャーの口から零れただけで、簡単に私の心は傷ついていた。
「私がここにいるのは、私のエゴだ。私は……私はずっと、遠坂凛を捨てられなかった。遠坂凛への憧れを捨てられなかった。……衛宮士郎だったあの頃から。私は君のことが好きだったよ」
 一際小さく見えるその背に向かって、いまさらなにが言えただろう。
 アーチャーの気持ちが、アーチャーだけのものではなく、衛宮士郎のものでもあると知って、それになにが言えただろう。
 例え切っ掛けがそれであったとしても、私を好きで居続けてくれたのは、目の前にいるアーチャーだ。私と出会い、私のことを好きになってくれたのは、この世界の衛宮士郎じゃなく、目の前にいるアーチャーだ。
 くだらないことにこだわっていたのは私だけ。そのこだわりが、こんなにもアーチャーを傷つけるなんて思わなかった。
「言いづらいこと言わせて、ごめん」
 後ろから、アーチャーを抱き締める。泣きそうな自分を意識しながら、その背に顔を埋める。
 回した手を、アーチャーが握り締めてくれた。大きくて、優しい手。私はもう、何度この手に守られてきたんだろうか。
「私もあなたのことが好き。……好きよ。だから。だからね。あなたが私のことを好きなことを、悪いことだと思わないで。あなたがその気持ちにどれだけ苦しめられてるのかもわからない私に、こんなことを言う資格はないんだろうけど……私は、あなたが私を好きでいてくれて嬉しいから。だから……」
「……ああ、そうだな。そうだった。君は強い。私のこの想いを受け止めてしまえるほどに強い。私は君のことが好きだと言いながら……その実、何一つ君のことを信じてはいなかったんだな」
 握られた手に、アーチャーは優しく口付けをする。
「凛。私が君を勝たせてみせる。聖杯など望みもしない君のために。聖杯など望みもしない私が。聖杯戦争を終わらせることによって、君の想いに報いるために」
 それが……それが、二人の別れを意味するのだとしても。
 私にあなたは救えない。それがわかりきった結末だとしても。
 それでもこれは、あなたのために。
 あなたを思う、小さな恋のために。
 そうすることが一番私達らしいのだと、私達だけが知っていた。