生きるための道



「だから、私は神を殺す」
 古代王国を破壊することになる女は、静かに優しく答えた。
「それは愚かだと、笑わば笑え。たった一人の娘のために、世界のすべてを敵に回すなど、正気の沙汰とは思えないだろうが、だが、私はそれを誓った。この世界のなによりも、それは価値あるものであり、光り輝くものであり、神聖なものなのだ。私はそれのためにこの命を賭ける……世界の運命など、知ったことか。私はすべての弱者の味方になることはできないかもしれないが、目の前で苦しむ弱者を見捨てられるほど傲慢でも無能でもない。私の行いが狂っているというのなら、それは世界それ自体が狂っているのだ。こんな狂った因果をそのままにしておくことなど、もはや不可能だ。故に私は、破壊者となる。世界の秩序を打ち砕く魔王となるだろう」
 高らかと、明朗に、まるで当たり前のことのように宣言して、女は笑った。
「だから、お前の力を私に貸せ。私以上にお前を扱えるやつはいない」
 これ以上ないぐらいに傲慢に、女は言い放った。
 そしてこの女は、それが傲慢などとは露ほども考えていない。
 それは、ある意味では正解なのだ。
 天上の魔剣と呼ばれるこの私を扱うことができるのは、真実この女しかいないのである。道具は使われてこそその価値を見出されるのであれば、この女の言はあまりにも正しい……正しすぎるほどだ。
 いいだろう。お前がそれを望むのであれば、私はそれを叶えるだろう。お前がただ一人の少女のために世界を敵に回すように、私は私を扱いこなすことができるお前のために、この造られた命を賭けてみせよう。
 お前が私を手に入れたということは、そうなることが必然だったからだ。道具が道具としてあるべき姿になるために、運命と呼ばれるようなロジックが必要なこともあるのだろう。
 私は言葉を発することはできないが、女は満足そうに微笑んだ。私が同意したことがわかるらしい。それが勘違いであるなどとは欠片も考えないからこそ、この女は私を扱うことができるのだ。
 私のことを他の誰よりも理解し、また、理解しようとしてくれるからこそ、私は私の能力を完全に発揮することができるのである。
 私はきっと、この女と共に死ぬのだ。この女以外に扱われたいとは思わない、それが私の本心だった。
「墓守はどうするんだ?」
 いままで私を守っていた者がいる。者、とは言っても人ではなく、人造人間だが。
 その者に心はなく、ただ私の意を受け、それに従うだけの存在である。そのように作られ、そのように使命を果たしてきた。私が主を得るまで。
 そして、私は主を得てしまった。そうなればもう、その者に存在理由はなくなる。私が破棄の意志を伝えれば、自壊するだろう。
 だがその女は、私にではなくその人造人間に直接問いただした。
「わたしは、じんぞうにんげんです。しめいをおび、しめいをはたし、そしてしにます」
 たどたどしく、舌足らずな言葉遣いだが、その者は確かにそう答えた。
 私は今この時まで、そいつが喋ることができることも知らなかった。
「こんな阿呆に死ねと言われたら死ぬということか?」
 阿呆というのが誰のことなのか、一瞬わからなかったが、状況からして、それは私以外にはありえない。私のなにが阿呆だと言うのか。
「わたしのしめいは、あーかいぶがあるじをみつけるまでまもることです」
 そうだ。その通りだ。人造人間というのは、そのように扱うべきものだ。ただの道具なのだから、そもそもが生きるだの死ぬだのを論じるほうがおかしい。
 だが、この女は、怒っていた。
「お前もこの阿呆と同じか。いや、お前達を生み出した錬金術師が余程の阿呆だったのか。……命をなんだと思っている」
 これから殺戮を行う予定のくせに、この女は命を語るのか。世界を変えるためにいまの世界を破壊する存在が、なにを瑣末なことを気にしているのか。
「お前もこいつも、自分の意志を持っているだろう。意志とは即ち、魂だ。それが作られたものかどうかなど、大した意味などない。人間とて、親と呼ばれるものに作られている存在に過ぎないのだ。そしてお前は、上等な意志を持っている。自ら考え、判断し、実行するだけの意志を。いままでは考えることを他人に押し付けて動くだけでよかったかもしれないが、これからは私がそれを許さない。そう思え」
 この女はなにを怒っているのだろう。我々は作られた存在であり、ただの道具だ。意志のように見えるそれはインターフェースに過ぎず、道具をより扱いやすくするための要素、あるいは道具が本来の性能を発揮するための要素にすぎない。
 私も人造人間も、そういう意味では同じ存在だ。私達を生み出した術者は、我々に自由意志は与えなかった。
 道具は道具らしく、その性能を最大限発揮するものが使うべきである。私を十二分に扱える人間を見つけるための仮宿として、その人造人間は創造された。その役目を果たした今、人造人間はその性能を発揮することのできない道具になりさがったのだ。
 壊れた道具の如く。
「わたしにはもくてきがありません。あーかいぶをまもることこそがしめいです」
「目的なんてものを持って生きている連中がどれだけいるというんだ? 人間なんぞ、生まれた時から目的もないのに生きている。お前らは最初からそれを持ってただけのことだ。たまたまそれがなくなったからといって、生きることを完全に放棄するというのか? 甘えるのも大概にしろ」
 それを甘えだというのか。それが甘えだというのか。
 自由意志の幻想を、この女は芯から信じているというのか。
「わたしには」
 人造人間は、そこで言葉に詰まった。
 言葉に詰まる、だと? なにがエラーを起こしたというのか。この女の言葉のなにが、人造人間にエラーを招いたというのか。
「……わたしには、よろこびもかなしみもありません。かんじょうとよばれるものをささえるものがありません。わたしはいたみをかんじません。わたしはいのちをもちません。わたしは、わたしは……」
「……だったらなんだと言うんだ」
 女は人造人間を抱きしめた。これ以上ないぐらいに優しく、殺してしまいかねないほどに強く。
 人造人間は戸惑いを浮かべた。
 床に突き立てられた私には、ただ眺めていることしかできない。
「いままではなかった。それだけのことだ。これからもないだなんて誰にも言えない。誰にだって、生きていてよかったと思う瞬間はある。……あるんだ。絶対に。だから生きろ。……生きてくれ。頼むから」
 泣いている、のだ。この女は、我々のような意志なきもののために、泣いているのだ。
 なにが悲しいというのだろう。あるいは、なにがそれほど憎いというのだろう。
 たかが道具だ。道具がどんなカタチをしていたところで、悲しんだり怒ったりする理由はない。使いづらければ使わなければいいだけのことだ。
 驚いたことに、この女には私を使う資格はないのかもしれない。これほどまでに私のことを理解し、私の力を引き出せるというのに。
「どうしてわたしはいきてもよいのですか?」
 人造人間の言葉に、女は硬直した。
「わたしがいきることにどのようないみがあるのですか? わたしはすでにわたしとしてのやくわりをはたしています。わたしのそんざいりゆうをはたしています。わたしには、なぜわたしがわたしのそんぞくをきぼうしなければならないのかわかりません」
 泣いている。人造人間が泣いている。心も感情ももたない存在が、泣いている。
 エラーだ。致命的なエラーだ。あの人造人間は、すでに壊れている。
「生きるというのは……生きているということは、そういうことではないよ。私もまた、その昔、生きる目的を持たないものだった。いつ死んでもいいと思っていた。なんのために血反吐を吐きながら生きているのかなんて、考えたくもなかった」
 優しく優しい言葉だ。この女は、決して私や人造人間に対しては怒っていない。私たちのような存在を被害者と断じている。そして悲しんでいる。
 バカげたことを。
「だが、それでも、そんな私でも、生きていてよかったと思える瞬間はあったんだ。ああ、このために生きていたんだと思える瞬間があったんだ。誰のために、とか、なんのために、とか、理由が必要なことだってあるかもしれない。それは、未来のために……ではダメだろうか?」
 聞かれて、人造人間は呆けたように女を見上げる。子供型のそいつは、あまり背も高くない。女にしては背が高いその女の隣に並べば、必然的に見上げる格好になる。
 ただされるがままに怯えていた人造人間は、初めて女を抱きしめ返した。
「わたしはいきていてもよいのですか?」
「ああ。いいんだ。自分自身のために生きられないというのなら、私のために生きればいい。あの阿呆のために生きる必要がなくなったのなら、そうすればいい。お前とあいつとあの子を背負うぐらい、私には造作もないことだ」
 なんと倣岸な。まるで世界は自分のものだと言わんばかりの傲慢だ。
 だが、なぜかそれを否定する気にはなれなかった。この女は、芯の髄からそう信じている。自分にはそれができると、一片の疑念もなく信じている。
 そんなものは、ただの信念だ。信念、それ自体には実行力などない。信じていたからといってどうなるものではないのが現実だ。
 信じて、行動するからこそ実現するのである。世界を革命するのと同じぐらい、それはこの女にとっては自明のことなのだろう。
 尊大で傲慢。この女のスタンスは一定している。自らの成すべきを成す。それが成したいことと同一であると決め付けている。
 人とは思えないほどの強さは、しかし人だからこそのものなのだろうか。
「私が神を殺す理由は、お前たちのような存在のためだ。世界の犠牲者のためだ。世界がお前たちを……そして私たちを虐げるというのなら、私はそれに反逆する。私は私の自由のために、私の世界のために、暴虐な運命を許しはしない。だから……だから、お前たちにも望んで欲しい。それだけで私は強くなれるから」
 どれだけ強く見えたとしても、ただの人か。独りで立っているように見えて、その実、心を支えるものを痛烈に欲している。
 なるほど。この女が私を扱う資格は、そこにあるというわけだ。私はこの女なくして存在が成立せず、この女も私のような存在なくして成立しない。
 似たもの同士の傷の舐め合いのような関係だが、私たちはきっと、そういう生き方しかできないのだろう。
「わたしはあなたのためにいきます。あなたがわたしにせかいをみせてくれるというのなら、わたしはあなたをしんじます」
 人造人間の造られた命ですら感化してみせたか。世界を変革させようという女だ。それぐらいできてなんの不思議もない。
 私ですら、望み始めている。この女と共に戦うことで得る未来を。
「では、行こう。あの子が待っている」
 人造人間を片腕で抱き上げ、私を引き抜き鞘に納めた。
 私は、否、私たちは、いま生まれた。そしてこれから、生きていく。その道行きにこの女がいるというのなら、生きてみるのも悪くないかもしれない。