君は僕の友達



 いまさらこんな手紙を書くのは失礼かもしれない。君は絶対にこの手紙を読むことはできないだろうけれど、でも僕の気持ちを伝えるのに、これ以上の方法は思い浮かばなかった。たぶんこれは、僕の気持ちを君に押し付けようとしているんだろう……それでもどうか、送らせて欲しい。他の誰でもなく、ただ一人の親友である君に。

 なぜか君はずっと僕の友達でいてくれた。僕は友達というものがどういうものかわからなくて、正直君に辛く当たっていたかもしれない。だけど君はいつも変わらずそこにいてくれて、僕はずっとそれに頼りきりになっていた。傲慢だったと今なら思う……僕は知っていたんだ。君が僕のことを友達だと思ってくれていることを。そして、それに寄りかかっていた……親友であることを当然とする僕がいた。
 わからなくなったのは、高校を卒業した年だった。僕にとって学校というものは、さほど意味をなさないものだった。大学に進学したところで、就職できるわけでもない。一つのところに留まることはできず、ただ人間の社会を知るために学生をしていただけだったからだ。
 だから、そこでの付き合いを後まで引きずる気なんて毛頭なかった。というよりはむしろ、続くとは思えなかった。誰が好き好んで無愛想で人間味に欠ける奴と付き合いたがるのか、当時の自分でさえわかっていたのだ。だけど、君だけは違った。
 君はよく、僕に付き纏うことで回りにひやかされていたのだと思う。それでも君は僕に付き纏っていたし、僕はうざったいと思いながらも、特にそれを否定するわけでもなかった。
 いっそ、拒絶すればよかったのかもしれないとも思う。そうしたらきっと、君は言われなき苦しみを味わうことはなかっただろう。少なくとも、僕なんかのために苦しむ必要なんて、君にはまったくなかった。それとも、君ならこう答えるだろうか? 僕は苦しんでなんかいなかった、と。
 いまでもふと、君の笑顔を思い出すことがある。君は僕よりもずっと不幸だったはずだ。両親を亡くし、頼れる親戚もなくたった一人で生きていた。それでも君の笑顔は、いつでも眩しく、美しかった。僕はいつもそれを直視できず目を逸らしてしまっていたけれど。
 僕はいつでもわがままだった。君はいつでも大人だった。だけど僕には、君は僕よりも子供に見えてしかたなかったんだ……理想主義で完璧主義で。誰にでもわけ隔てなくて、困っている人を見たら捨て置けない君は、世間知らずのお人好しだと思っていた。そんなはずがないのに……君ほど苦労をしている人なんてそうそういはしないというのに。
 僕は君のなにを見ていたんだろうか。最近、そう思うことがとても悲しい。
 君は僕よりも多くのものを知っていた。お人好しに見えたのは、君が世間を知っていたからだった……誰もが自分が血を流すのをいやがる。だけど誰かが血を流さない限り、なにも変わらない。誰かが血を流さなければならないならと、自分の血を差し出すような君は、誰よりもわかっていたんだ。一人の力は小さい……流せる血の量だって決まっている。だからこそみんなで変わらなければならないと。みんなで多かれ少なかれ血を流せばいいんだと。そうすれば、一人一人の苦しみも悲しみも減るんだと。君は知っていたんだ……君だけが知っていたんだ。
 僕はただの意気地なしだった。自分一人が血を流すことを避ける、ただの子供だった。自分だけが犠牲になるなんてバカらしいなんて、本気で思っていたんだ。
 だから僕は、いまでも悲しい。君が死んだなんて、いまでも信じられない。子供を庇って車にはねられただなんて、ほんと、君らしいじゃないかと、おかしくさえなったというのに。棺に横たわる君の微笑んだ亡骸は、もしかしたら初めて君の笑顔を見つめた僕を許してくれるようだった。
 君の葬儀の後、家に帰って、一人きりでソファーに座り尽くし、なにも考えられずに夕日を眺めていた。君が好きだと言っていたのとは違う、なぜかくすんだ夕日だった。
 僕はその時、初めて泣いた。人間ではない僕が、初めて泣いた。泣いていることにも気づかなかった……世界がぼやけているのを見て、初めて泣いているとわかった。
 僕はどこでも独りだった。僕はいつでも独りだった。君はいつでも独りじゃなかった。君はどこでも独りじゃなかった。それなのに君は、いつも僕の側にいてくれた。知り合いなんて誰もいないこの街に、初めて気がついた。君はそれほど大きな存在だった。
 僕にはもっといろいろなんでもできたはずだった。少なくとも君がやろうとしていたことぐらいはできたはずだ。君を追うようにこんな街に引っ越してきて、なにをするわけでもなくぶらぶらとすごし、真面目に仕事をやるわけでもなく、ただここにいるために生きていた。
 故郷に帰ろうと思った。僕に故郷なんてないけれど、初めて故郷に帰ろうと思った。君の身内はどこにもいないけれど、君の家の墓だけはあるあの街に。そして僕は、君の墓に花を絶やさないだろう。誰よりも綺麗な君の笑顔のために。
 君が好きでした。君を愛していました。誰よりも美しい君の姿に、誰よりも強い君の心を、僕はずっとずっと、愛していました。

 もうどこにもいない君へ。